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あの娘ぼくがブログ書いたらどんな顔するだろう

3歩進んでは2歩下がってしまう25歳ゲイのブログ

マイブルーベリーナイツ/きっと想いはこんな風に遠回りして届く

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朝起きて筋肉痛を感じると、昨日の自分を褒めてあげたくなる。筋肉痛がある=筋トレ成功なのかどうかはわからないけど昨日やったことに対してリアクションがあるということ、その事実が続けるモチベーションになることはたしか。リアクションがあるって幸せ。同様に、近頃苦手だった料理がだんだん好きになってきている。麻婆豆腐、オムライス、チキン南蛮、簡単なものしか作れないけど、食べる係の姉ちゃんからのリアクションが楽しみで続けている。料理って作ってる間は無心になれるし(包丁で具材を切っているときに響くあの音は精神安定の効力があると思う)自分のがんばりが形になって現れる快感すらある。料理is一種のセラピーだね。

「恋する惑星」を見てからどうしてもウォン・カーウェイ熱が冷めなくて「マイブルーベリーナイツ」をもう一度観てみることにした。まとめると「恋人に振られたノラ・ジョーンズが住む場所、仕事を変え様々な人と人生に出会い、遠回りをすることによって自分を見つめ直す」というお話。あらすじだけを聴くとジュリアロバーツの「食べて祈って恋をして」と区別がつかないくらい陳腐なんだけど、ウォン・カーウェイのセンスが散りばめられていてずっと見ていたいなと思った。綺麗な絵をみてる気分になる。ウォン・カーウェイはその色彩感覚や音楽センスが評価されている印象だけど、俺はそれ以上に彼の映画に出てくる台詞が好き。振られたノラジョーンズはあるカフェのオーナーのジュード・ロウと仲良くなる。そのカフェで売れ残ったブルーベリーパイを食べるという冒頭のハイライトシーン、「どうしていつもブルーベリーパイだけ売れ残ってしまうの?」「ブルーベリーパイが悪いわけじゃない。ただ、人は他のパイを選ぶだけ」という台詞。振られたノラをブルーベリーパイに重ねる粋なやりとりが多くの失恋者の心に響いたであろう。ジュード・ロウに好意を持ちつつも彼女は敢えて関係を進めずに、遠い場所で働き、様々な人とその人生と関わり、自分の中で絡まっていたことをひとつひとつ解いていく。ウォン・カーウェイはこの「敢えての遠回り」をこの映画で描きたかったんだと思う。悲しみの中にいるときって、一刻も早くその苦しみから逃れたくてついつい立ち直りのための「近道」を選びがち。失恋だったら「なにも考えずに次の人を見つける」とかしがち。けどこれを期に自分を省みたり、あえて遠回りしながら、哀しみに浸りながら進むことが自分を強くするのかもしれない。上にのっているアイスクリームが時間を掛けて溶けていき、混ざることでより美味しくなるブルーベリーパイみたいに。

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ノラ・ジョーンズ、めっちゃ素朴かわいいんだけど、脇役の大女優たち(ナタリー・ポートマン様やレイチェル・ワイズ様)に華的な部分では助けられていた感が否めなかった。ジュード・ロウの髪の毛に依存しない色気はどこからやってくるのか謎、やはり英国アクセントに秘密があるのかな。これを見てめっちゃブルーベリーパイ食べたくなったのでガレージバンドでブルーベリーパイ食べたいって曲を作りました。くそ曲だけどよかったら聴いてね。前世の業が深かったみたいで毎日鼻声だから誰かいい声にエフェクトかけるソフトとか知ってたら教えてください。

 

ノリマキ