あの娘ぼくがブログ書いたらどんな顔するだろう

3歩進んでは2歩下がってしまう25歳ゲイのブログ

大人になるとなくなる能力

成長するにつれ、大人になる過程で出来ることは増えていく
難しい本が読めるようになったり、食べ物の好き嫌いを克服したり
泣くのを我慢できるようになったり、他人への配慮ができるようになったり

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その一方で大人になると失われていく能力もあると思う、それは感じる力「感度」だ
個人差はあると思うが僕の場合は14歳のときに比べて今、24歳の自分の「感度」が落ちている自覚がある(鈍感になったとも言える)

中学生の時は友達に「なんか偽善者っぽいなお前」と言われ、それがきっかけで自分は本当は偽善者なんじゃないかと夜寝る前に考えてねれなかった(今ではほんとどうでもいいし、やらない善よりやる偽善がモットーだよ)コンビニで立ち読みしていてHYの失恋ソングがかかった瞬間、好きなひとのことを思い出して突然泣いたり(もはやキチガイ)前日に見たロビンウィリアムスの「今を生きる」の余韻がすごすぎてテストに集中できなくて点数がひどいことになったり(これは勉強不足もあるかも...)好きな漫画の発売日が待ちきれなくて前日眠れなくなったりしていた

何に関しても感度が高かった気がします、感度が高い故に
なにかを言われたり、聞いたり、見たりしてそこからものすごく影響を受けてしまうし、感じてしまう。
思春期のホルモンバランスとかが影響しているのかもしれないし、若く、自分を確立できていなかったから日々起こる様々な経験に振り回されてしまっていたのが原因かもしれない

今でもウジウジした性格は変わらずで
エモーショナルな曲が流れればジインとしたり
失恋したり、仕事がうまくいかないとそれは悲しいし落ち込んだりもするんだけど日常生活に支障がでることはなくなった

感情をすっかりコントロールできるようになり楽になった一方で
(学生時代はいつも感情に振り回されていて辛いことの方が多かった気がする)
当時のように、がっと感情を高めたりなにかにぐっと感情移入する機会がどんどん少なくなり、なんだかそれはそれで寂しなって思ったりもしているのです
高感度故に感じれることや思うことがあった気がして

小説家には自殺してしまうというひとが多いが
もしかしたら、小説家や画家や音楽家のようなモノを作るひとは
あの思春期特有の感度を大人になっても持ち続けていてそれを武器に創作活動に勤しんでいるのかもしれない

感情に振り回されてしまうだけの人生なんてごめんだが、鈍感になりすぎてしまうのも悲しいのだ。友人が悩んでいるとき、引いた目線から冷静に話を聞いてアドバイスしてあげるのもいいが、まるで自分のことかのように一緒に悩んであげることができたらいいなと思う。哀しい歌が流れたときはその歌を作ったひとの気持ちや体験に思いを馳せて、哀しい気分になれたらもっとその歌を好きになれる。もちろん、嬉しいことがあったときはその嬉しいが隣に居るひとたちにも伝わるほど嬉しい気持ちを全力で楽しめたら素敵だよなあと

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けど現実問題、大人って忙しくていちいち周りの出来事に一喜一憂してたら務まらないんだよね。だから鈍感にならずを得ないんだよなあ。「心を亡くすと書いて忙しい」とか良く聞くけどほんとにそうだよなあ
たまには周りで起こってることについて再度思いを馳せたり、綴ったりする余裕を持てるようになりたいな、そういう意味ではこのブログも感度を研ぎすますのに少しは役にたっているのかもしれない


ノリマキ