あの娘ぼくがブログ書いたらどんな顔するだろう

3歩進んでは2歩下がってしまう25歳ゲイのブログ

Something's missing

 

季節の変わり目で不安定だから、John MayerのSomething's missingをよく聴いている。足りないものを数えて踠くのも大事だが、一方で手にしているものを享受できる心が今あるのかを曲を聴いて自問している。ひび割れたコップには、いくら注いでも水は満たされないのだ。

 

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Something's missing And I dont know what it is
Friends - check
Money -check
Well-slept- check
Opposite sex - check
Guitar - check
Microphone - check
Messages waiting on me when I come home - check

 

ノリマキ

強い人もいつかは脆くなるけれど

今週末はお盆ということで祖母の家に帰省。祖母の家は成田にある大きな一軒家。母屋だけでなく、離れまである、昔ながらのいいお家だ。大きな庭には犬がいて、向かいの山ではカブトムシが沢山採れる。僕は横浜の都市部の小さな家に住んでいたので、そんな趣がある祖母の家が大好きだった。

そんな大好きな家なのだけど、もうそこには祖母も祖父も住んでいない。
ふたりは痴呆と老衰が進み、数年前から近所の施設で過ごしている。

今回もふたりに会いにいってたくさん話すことができて嬉しかったのだが、ショックだったことが一つあった。祖母は痴呆が進み、僕の顔を見ても、もう僕が誰だか判別できなくなっていたことだ。

それでも全部を忘れたわけではなく、母の名前を出したり、昔の話をすると、それとなく話を合わせて会話はできていた。それでも記憶は曖昧で、たまに僕の顔を見て「お前は誰だ!」なんて言い出すこともあった。

痴呆が進む前、祖母はとびっきり優しくて強い人だった。僕が夏休みに帰ると沢山美味しいご飯を作って待っていてくれた。夜は「学校の話をきかせて」「一番仲の良い友達の話をきかせて」とシャイな僕が喋りやすいように沢山質問をしてくれた。それがすごく嬉しかった。一方で、祖母はとても勉強に対して厳しかった。両親は勉強や成績に口を出してくるタイプではなかったのだが、なぜか祖母はとても厳しかった。夏休みには通知表を祖母に見せて、フィードバックを受けるというのが恒例行事としてあった。僕は成績が悪く、「勉強しないと困るのはあんただよ」といつも葉っぱをかけられていたのを覚えている。厳しい言葉のあとにも最後は「あんたは賢い顔をしているから本当はできるはずだよ、ばあちゃんにはわかる」ときちんと激励してくれていたも本当に優しい。

僕の就職が決まった時、一番喜んだのも祖母だった。その時に初めてきいた話がある。実は僕は生まれてすぐの時に「もしかしたらこの子は知的障害があるかもしれない」とお医者さんに診断されたことがあったのだとか。母も父もその時はもちろん、すごくショックを受けていたみたい。けど祖母だけはそんな二人を「この子は賢い顔をしているから絶対に障害じゃない」と激励したんだって。

きっと祖母は心の底では、それとなくだけど、その時のことを気にしていたんだと思う。だからいつも僕が人並みに勉強をきちんとできるかを気にしていたし、勉強しなさいって口酸っぱく言っていた。僕が就職した時、本当の意味で安心したみたい。「ばあちゃんはあんたが賢いってわかってたよ」って本当に誇らしい顔をしていたから。

そんな強かった祖母も、今では僕のことも忘れてしまって、元々小さかった身体は握ったら折れそうなほど小さくなっていた。もちろん本当にショックだったんだけど、帰りの電車の中で、こんな風に祖母が僕に言ってくれたことや、してくれたことを思い出すと自然に強い気持ちが湧いてきた。

強かった人も優しかった人もいつかは脆くなって、自分ひとりでは生きていけなくなる。そう思うと悲しくて、虚しくなってしまいそう。けどその人が強く優しかったことを、皆がきちんと覚えていて、それが新しい強さと優しさを生むならば、全然虚しいことなんかじゃないよね。

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祖母の知的障害に対する表現は適切ではないけれど、敢えて言っていた通りに書きました。不快な気分になる方がいたら申し訳ありません。

ノリマキ

What's up

こんにちは。ブログの更新もずいぶんと久しぶりになってしまいました。

その間に僕は26歳になり、いいなあと思う人にココロトキメキ、調子にのり、上手くいかず、クヨクヨしたり。学習しない恋をまたひとつ重ねてしまいました。

しかし、色恋沙汰ばかりで日々は過ぎていくわけもなく。仕事では少しばかり頑張りが評価されたり(業務には飽きてきたけれど)、苦手だった貯金が少額だけどできるようになってきたり、体に変化はないが週2日ジムに通うことが習慣になったり。徐々にだけれど、ポジティブな変化があるのを自覚。本当に人生は少しづつしか進まない!

あいかわらず、課題や問題は山積なんだけど。一旦、夏の間はそんなこと置いといてもっと楽しみたいな。かっこいいこと、刺激的なことに挑戦しよう。

みなさんにも、僕にも、冷や汗かいちゃうくらいドキドキするような日々が訪れますように!

ハワイに行きたい(25年生きていて、初めての感情)

「ハワイに行きたい」と思ったことがなかった。「ハワイ行きたい~」なんていう他の人の声は度々聞いていたが、自分で思ったことは1度もなかったのだ。元々インドアで「ビーチ」「太陽」「小麦色の肌」みたいなものに周りの人よりも興味がなかった。しかし今ハワイに行きたいと心から思っている。理由はひとつ「テラスハウス/aloha state」を観始めたからだ。

Netflixで観たいものがないときの暇つぶしのつもりだったが、今ではエピソードが更新されるのが待ちきれないほどハマっている。登場人物がハワイ在住の日系の人が多く、海外ドラマを見ているようなエッセンスを感じられるのが楽しい。最初はイケメンを目当てに見ていたのだが、見進めていく毎にウクレレを持っているパッとしない18歳のことが気になっている。

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彼はチェリーボーイで奥手な性格なのだが、プロのウクレレプレイヤー。演奏シーンが映されるたびに日常とのギャップに見ているこっちはドギマギである!演奏した後は「顔もよく見るとかわいいんじゃねえか...」なんて思ってしまうから不思議。(才能に恋するタイプの人間は、彼のことをきっと好きになると思う)ぱっとしない奥手の童貞が才能を武器にモデルの可愛い子を落とせるのか!みたいな所が熱い見所です。

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そんな若者達の日常を観ていて俺もビーチに行ったり、夜テラスで薄い味のビール飲みながらアレコレ語り合いたいと思ったのです。南国の夜ってすごく好きです(薄着で外に出るんだけど、少し寒いから薄いパーカー着るあの感じです)今年は南国に旅行にいけるように貯金をするぞ。

ノリマキ

もう片方の手ではいつもハイファイブをしていたいです。

寒い日が続きますね。僕もジーンズの下にヒートテックをももひきstyleで履いたりしてどうにかこの大寒波を乗り越えようとしています。実はここ3ヶ月ほど頑張って取り組んでいた仕事があり、先日リリースを迎えたのだが、思ったよりも結果が良くなかった。いつもならこんな時「もっと考えていればどうにかなったのでは!」とか「そもそものテーマを妥協せずに選べばよかった」などなんとなく失敗した原因を自分の中から探して自己嫌悪になりがちだった。しかし今回は失敗の原因こそ考えたが、そこから先は何食わぬ顔で「次は気をつけよう」といい意味でさらっと自己完結ができた。

仕事の事となると真摯に受け止めすぎてしまうのはいい所でもある。しかし悔しい顔をしながら一方心の中は「なんとかなるっしょ」と楽観的でいれることは、もしかしたらこの世の中をスイスイと気楽に進んでいく秘訣なのではないか。帰りの電車でこの曲を聞いて思わずにやり顔。

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I'm broke but I'm happy I'm poor but I'm kind
壊れてるけど幸せ、貧乏だけど人に優しくしてあげれる
I'm short but I'm healthy, yeah
背は小さいけどいたって健康だし
I'm high but I'm grounded
ちょっとハイになってるけど地に足つけてるほうだし
I'm sane but I'm overwhelmed
真面目に見えるけど、時々イっちゃってる
I'm lost but I'm hopeful baby
今は迷ってるけど、前途洋々だと思う
What it all comes down to Is that everything's gonna be fine fine fine
結局、全部はうまくいくと思うんだ
'cause I've got one hand in my pocket
片手はポケットに突っ込んでるけど
And the other one is giving a high five
もう片方の手ではハイファイブしてるんだよ


ノリマキ

歳をとっていくこと

同い年の友人が話の中で「俺達も今年27になっちゃうんだね」と言っていた。僕は早生まれ(3月)で今年26歳になるので、今年はまだ26の年だと思っていた(間違いではない)。今まで年齢をあまり気にすることはなかったが20代も後半に差し掛かり、同級性は27歳になるという事実を冷静に考えてみるとなんとも言えない気持ちになる

この気持ちの正体はなんなのだろうか。悲しみなのか、寂しさなのか!?

若さが全てだとは思っていない、寧ろ昔から何事でも「若さ」を武器にするのは好きではなかった。仕事でも「若く経験がないから」といって甘やかされるのが許せなかった。プライベートでも若いからとちやほやされて「かわいいね」なんて言われることは、なんだかバカみたいで嫌だった。

しかし今、客観的に自分の良さについて考えると、構成要素の一つとして「若さ」は確かにそこにある、それも結構な比重で。若くて経験がないから、その「伸びしろ」に皆が期待してくれる。それに一般的に若者は肌もカラダも綺麗で(僕は綺麗じゃないが)それは確かに価値があることなのだ。

そんな強い魅力が砂時計の砂みたいに刻一刻となくなっていくのを感じる。頭の片隅ではそんな風に自分の価値が失われていくことを理解しているから、なんだかモヤモヤとしているのだと思う。

今僕が「若さ」を消費し、その対価として得ているものを「経験」と呼ぶのであれば。それは若さよりもずっと価値があるものだと信じたい。

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...要は歳をとってもモテたいなあということです。

 

ノリマキ

今年もありがとうございました。

今日から年末年始の休みに突入。記録のためにも今年の振り返りを。

今年は兎にも角にも、復職をして生活を立て直せたことがよかったです。父親の容態も思った以上に良くなり今では杖をついて歩けるほどまで回復しました。親父が身体を壊して仕事がつらくて休職した時。一年後の今、こんなに状況が良くなってるなんて信じられなかった!けど嘘みたいに全てがいい方向に進んだ。全ては、家族、友達、上司、同僚のおかげ、本当にありがとう。

今年は新しい人と沢山会った年でもありました。新しい友達に新しい同僚。モチベーションを飛躍的に上げてくれた上司。会社以外に自分の能力を試せる場所を提供してくれた人、こんな大人になりたいなあと思わせてくれた人。みんなすこぶる力があるパワフルな人だったな。

力(ここでは能力、お金やステータスの意)がある人はその力を使って色んな人を助けることができる人なのかもしれない。沢山の人に助けてもらって気がつきました。

「チカラ...俺もチカラが欲しい....」なんていうと、アメコミの悪役かよ。と思ってしまいますが。力がある人は力がない人に出来ないスケールで人を救えるのかも。そうだとしたら、パワーアップして、助けられるばかりではなく、色んな人を助けてあげれる人になれたらいいなと素直に思ったりもしました。けど、あくまで肩肘張らずに、人と比べたり見栄を張らずに当社比で。

 

ノリマキ